 
史上最高の遺跡
旅の手帳 2003年3月号[交通新聞社]
記事タイトル:
p9〜「古代を旅する」を読んで
記事要約:
今回は旅行雑誌から。この記事では、出雲・飛鳥・吉備(それぞれ現島根・奈良・岡山とされている)を中心に、現存する遺跡や神社と神話や古代史との関係をわかりやすく説明し、旅情を誘っています。旅先で感じる、今ある現実と大昔の現実、そして、神秘の境がなくなるようなあの感覚。私たちの残した跡に未来の生命は何を思うのでしょうか。
感想:
私は、遺跡とか寺社仏閣とかが好きです。特に古びた、人工物と自然との境がなくなったようなものが好きです。旅先で見るこういったものはまた格別ですよね。
正田邸の取り壊し問題の影響で、”保存”が話題に上っています。そもそも保存というのは何のためにするものなのでしょう?価値あるものを残すのは大切なことですが、ものの価値は人それぞれ。すべてを保存していたら、我々が暮らすスペースはなくなってしまいます。遺跡発掘の分野では、土から掘り出さないのが一番の保存である(外気に触れると、酸化などで変化するため。)という考え方があります。だからといって、そのまま放っておくのはどうなんでしょう?何らかの形で今に活用して欲しいですよね。
すばらしい草原があるとします。排気ガスや酸性雨の影響でその草原は風前の灯。これを特殊な透明シリコンで保存することになりました。草原は仮死状態。シリコンを取り除けば、再び甦る。しかも青々としたその外観は保存中も常に見ることができるすばらしい技術です。・・・さて、みなさんどう思います?保存が解かれた未来を思ってください。また、仮死状態でなければ果たしたであろう草原の機能に思いをはせてみてください。時を止めることで、状態は保てても、時間エネルギーを断たれたそれの歴史はそこで終わり、生命が尽きてしまいます。
古びた社や、大木、洗練された技術、整理された情報、そして歴史そのものを、人工的に一朝一夕に生成することはかないません。一度失ったそれらを取り戻すには、同じだけの時間エネルギーが必要となります。だからといってそののまま残していては大変です。活かし、活用する、敬い、受け継ぎ、自分の中に取り込むのが一番お得なのではないでしょうか。
46億年かかったものを取り戻すには、46億年以上必要なのです。 |
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