 
合理主義→環境派
日経エコロジー 2002年9月号(日経BP社)p13〜
記事タイトル:
「長野・脱ダム治水は十分可能だ」
委員長代理が語る、ダム不要の根拠 を読んで
記事要約:
長野県知事選で、再び大きく取り上げられた「脱ダム宣言」。その内容について、長野県治水・利水ダム等検討委員会の大熊孝委員長代理が、河川工学の見地からダム不要の根拠を判りやすく、簡潔に説明したこの記事。ダム建設の価値と目的を再考するきっかけになるだけでなく、「目的に合わせて手段を講じる」ことの重要性と、自然のシステムの有効性・必然性を思い出させてくれます。
感想:
環境問題を考える時、私たちはどこかで「環境に優しい」「自然を害さない」そういう道徳的な正義感だけで環境問題を見てしまい、逆に、元来自然が持っている仕組みを利用した「環境に優しい」対処法に対して、「効果が薄い」「手間がかかる」等の印象を持っていませんか?
「氾濫をなくすためにはダムじゃなきゃ無理だ!」なんて思っていませんか?
ダムは万能ではありません。例えば、ダムを作ったからといって氾濫の可能性がなくなるわけではありません。流域の治水すべてを一箇所で負担して処理するダムよりも、むしろ河川・森林の機能回復により流域全体で負担して処理する方が効果的な場合は多いようです。
病気は薬で治ると言いますが、正確には「薬の力を借りて、自分で治している」のですよね?いくら薬を使おうと、身体が疲れていて身体機能がきちんと働かない状態では、いつまでたっても病気は治りません。ゆっくり休んで睡眠を取り、身体機能を取り戻すことができてはじめて、病気は治るのです。環境も多分同じで、環境を正常な状態に戻すことが一番効果的なのではないでしょうか?
私たちは自然の仕組みの上に生きています。長期的影響や周辺への間接的影響を考慮したとき本当に有効な手段、その解答の行き着く先が”環境に優しい”のは考えてみればありそうなことですよね。
考える手間を惜しまず、一番効果的で有効な手段を探す。そんな方向からの”環境派”。もしかしたらそういう人たちが出てくるかも知れませんね♪
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