 
作ることは壊すこと
月刊環境自治体 2002年7月号(日本工業新聞社)
記事タイトル:
都道府県シリーズ40 香川県まるごと特集
「住民が自主的かつ主体的に河川美化活動」
記事要約:
香川県が行なっている施策に、「リフレッシュ『香の川』パートナーシップ」事業があるそうです。これは、河川の清掃・美化活動を行なう住民団体等を県が支援する事業で、協定を結んだ団体には、清掃道具の支給や、ボランティア保険の加入など、県の支援が行われます。河川管理を県に代わって行なうとみなされるため、看板設置なども手続き無しで自由に行なえるそうです。あくまで当事者である住民主体の考えがこれからの環境を方向づけてゆくのではないでしょうか。
感想:
箱物行政という言葉があるように、これまで国や自治体は施設や公園造り、道路整備など、大きな入れ物を作ることにばかり気を取られていた感があります。
住民が道路などの一定区間の里親となり、美化などを行なう活動を、”アドプト・プログラム”と呼ぶそうですが、その美化活動を行政でフォローするというのは素敵ですね。民間で出来ないような大きな事をやることは行政の存在意義、役割の一つだと思いますが、ハードはソフトがあって初めて意味をなすものです。こういった個人では率先してやりづらいソフトの部分を支えるのも大きな役割だと思います。
こういう話があります(実名は伏せさせて頂きます)。「○○橋は美しい。けれど、橋が出来る前のあの美しさにはとても及ばない。橋が出来たことで、観光客も増え、住民のシンボルにもなっているが、あの美しい景色は二度と戻らない。」
何かが変化する時、そこには必ず創造と破壊があります。諫早湾の例をみるまでもなく、大きなものが作られた(変化があった)とき、そこには必ず変化に見合った破壊があるはずです。急激な変化には、それだけ徹底的な破壊が伴うのです。またどんなに、小さな変化でもそこには何らかの破壊があるのだと思います。そう考えると、何かを”良く”することも言って見れば何かを”壊す”ことです。「手を加えた方が前より良くなる」などと言う考えは、もしかして傲岸不遜(ごうがんふそん)な人間の驕りなのではではないでしょうか。 |
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