
捨てられる側にとっての”ゴミ”
日経エコロジー 2002年7月号(日経BP社)
記事タイトル:
「外食・流通の始動で第2ラウンドへマクドナルドは飼料化と発電に注目」
記事要約:
これまで食品業界、特に食品加工工場での生ゴミリサイクルは、たい肥化中心でしたが、最近飼料化やバイオマス発電との併用に力を入れているようです。加工コスト・品質・受け入れ先に課題が多いたい肥化に対し、飼料化はそれらが比較的少なく、バイオマス発電は、基本的にどのような生ゴミであっても可能です。この記事では、そんな生ゴミリサイクルについて紹介しています。これからは捨てられる側の身になったリサイクルが大切なのですね。
感想:
生ゴミをたい肥化することは、まだ食べられるものを土に還す行為と見ることが出来ます。飼料化は食べ物を、人間と家畜が分け合って食べる行為と見ることが出来ます。
「うちはゴミ捨て場ではない」という反発が、農地などの生ゴミたい肥受け入れ先からあるそうです。そんな中、生ゴミの飼料化によるリサイクルが注目を浴びているようです。廃棄する側は、加工する手間が比較的少なく、基本的に有償で販売することが出来ます。受け入れる側にしても、輸入飼料よりも安く品質が良い場合があり、捨てる側と捨てられる側が納得できる、ゴミをゴミでなくす良いシステムができるかもしれません。
捨てる側にとって”ゴミ”とは”いらないもの”ですが、捨てられる側にとって”ゴミ”とはなんでしょう?
ペットボトルをペットボトルに再利用しても、建築廃材をアスファルトの材料にしても、物を物にリサイクルしている限り、最終的には廃棄しなければなりません。それに対して、生ゴミを飼料やたい肥としてリサイクルした場合、これは”ゴミ”とは言いづらいような気がします。
捨てられる側にとっての”ゴミ”とは、土に還らないもの、自然の循環から外れているものの事ではないでしょうか。目の前から見えなくなっても、ゴミはゴミのままであることを忘れないようにしたいです。 |
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